売上が伸びないとき、打ち手はまず「新しいお客様を増やすこと」に向かいがちです。広告を増やす、クーポンを配る、掲載媒体を増やす——。しかし国内外のデータを並べると、新規のお客様は獲得コストが高く、初回だけでは投資を回収しにくい一方で、利益の多くは「戻ってくるお客様」から生まれるという構造が見えてきます。新規獲得とリピート維持、それぞれの数字を出典つきで確かめます。
日本政策金融公庫が全国の小企業(原則従業者20人未満・有効回答5,759企業)に尋ねた「全国中小企業動向調査」(2026年1-3月期)では、当面の経営上の問題点の1位は「売上不振」で33.5%。2位の利益減少(18.4%)、3位の原材料高(17.9%)を大きく引き離しています。しかもこの1年間、売上不振は32.5〜35.1%の間で推移しており、一時的なものではなく慢性的な悩みです。従業員20人以上の中小企業でも「売上・受注の停滞、減少」が27.6%で最多(次点は求人難の24.3%)でした。
33.5%
小企業の経営上の問題点1位は「売上不振」33.5%。この1年も32.5〜35.1%で推移する慢性的な悩み
出典:日本政策金融公庫「全国中小企業動向調査」小企業編(2026年1-3月期・全業種計/2026-07-05閲覧)jfc.go.jp
小企業の当面の経営上の問題点(全業種計・2026年1-3月期)
出典:日本政策金融公庫「全国中小企業動向調査」小企業編(2026年4月27日公表・n=5,759/2026-07-05閲覧) jfc.go.jp
売上を立て直す局面で検討されやすいのが、広告や販促による新規客の獲得です。それ自体は自然な発想です。ただその前に、新規とリピートの「コストの非対称性」を数字で確認しておく価値があります。
米ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)は2014年の記事で、「新規顧客の獲得は、既存顧客の維持よりも5〜25倍高くつく」と紹介しています(海外・参考)。5倍なのか25倍なのかは業界や研究によって異なりますが、方向は一貫して「獲得は維持より高い」です。なお、日本でよく言われる「新規獲得は既存維持の5倍かかる(1:5の法則)」は、単一の確立した原典が確認しづらい経験則のため、本稿では幅を明示したこのHBRの紹介を採用しています。
5〜25倍
新規顧客の獲得コストは、既存顧客の維持コストの5〜25倍(業界・研究により幅/海外・参考)
出典:Harvard Business Review「The Value of Keeping the Right Customers」(2014/10・海外)hbr.org
獲得コストそのものの上昇を示す報告もあります。米国のEC調査(海外・参考)では、新規顧客を1人獲得するたびの平均損失は、2013年の9ドルから2022年には29ドルへと8年間で222%増加。広告費の高騰などにより、新規のお客様は初回の購入だけでは採算が合わず、2回目以降に来てもらって初めて獲得費が回収される構造が強まっています。獲得した瞬間がゴールではなく、そこからが投資回収の始まりです。
「多くの企業は、マーケティング費用の半分を、獲得投資を回収できるほど長く定着しない顧客に浪費している」——Bain & Company(2001年)。獲得だけを上手にしても、費用は利益に変わりません。
では、リピート側の経済性はどうか。Bain & Companyのフレデリック・ライクヘルド氏は、「金融サービスでは、顧客維持率が5%上がると利益は25%以上増える」と報告しています(2001年・海外)。前出のHBRは、同氏の一連の研究を「維持率を5%改善すると、利益は25〜95%増える」と紹介しました。売上ではなく利益がここまで動くのは、リピートには獲得費がかからないうえ、1回あたりの採算そのものが良くなっていくためです。
理由としてBainが挙げるのは4つです。①戻ってくるお客様は、時間とともに購入額が増える。②お店側の応対コストが下がる。③知人を紹介してくれる。④馴染みのない競合に乗り換えるより、多少高くても使い続けてくれる。同じ1回の売上でも、リピートの1回は「安く売れて、次につながる」1回なのです。
25〜95%
顧客維持率を5%改善すると、利益は25〜95%増える(Bain & Companyの研究・海外/HBRによる紹介)
出典:Bain & Company「Prescription for Cutting Costs」(2001)/HBR (2014/10・海外)bain.com
もちろんこれらは金融などを含む海外の研究であり、数値がそのまま日本の全業種に当てはまるわけではありません。ただ、「維持率のわずかな差が、利益では大きな差になる」という向きは、前段の「獲得は高い」と表裏の関係にあります。獲得にお金がかかる時代ほど、定着の価値は上がります。
獲得は売上をつくり、維持は利益をつくる。獲得コストが上がるほど、「もう一度来てもらうこと」の経済価値は大きくなります。
国内の実測データも見てみます。リクルートライフスタイルの調査(2019年・首都圏の月1回以上外食する20〜64歳)では、外食利用のうち77.3%はリピート利用で、初めてのお店の利用は22.7%。日々の売上の4分の3以上は、すでに「戻ってきたお客様」で成り立っています。そしてリピートの理由の1位は「料理がおいしい」(69.6%)、2位は「コストパフォーマンス」(48.6%)。特別な仕掛けの前に、日々の体験の質が理由の中心でした。
77.3%
外食利用の77.3%はリピート利用。初めて利用するお店は22.7%にとどまる(首都圏・2019年)
出典:リクルートライフスタイル ホットペッパーグルメ外食総研「飲食店リピート実態&リピート要因調査」(2019/10)recruit.co.jp
一方で、新しいお客様が自動的に定着するわけではありません。同じホットペッパーグルメ外食総研の2024年調査(首都圏・関西圏・東海圏の20〜69歳)では、初めてのお店を利用したあと「リピート意向が強い」人は全体の27.0%。「事前の期待を超えて満足した」場合に37.5%まで高まりますが、それでも4割に届きません。初めてのお客様の多くは「また必ず来たい」とまでは思っておらず、放っておけば1回で終わりやすい——だからこそ、体験の質に加えて、思い出してもらう再接点(連絡手段・次回の理由)まで含めた設計に意味があります。
初来店後に「リピート意向が強い」人の割合(2024年)
出典:リクルート ホットペッパーグルメ外食総研「飲食店への期待と満足度、リピート意向についての調査」(2024/5) recruit.co.jp
新規獲得が不要だ、という話ではありません。獲得したお客様が2回目に戻ってくるところまで含めて、はじめて獲得費は回収され、利益に変わります。「新しいお客様を増やす」と「今のお客様に戻ってきてもらう」——売上不振の答えを前者だけに求める経営は、ここまでの数字の上では、割高な選択になりがちです。