チラシもWeb広告も、お金を払って「他人の場所」にお店の情報を載せる仕組みです。掲載をやめれば、流れは止まります。一方、一度来てくれたお客様との連絡手段——LINEの友だち、会員登録、メルマガ——は、お店が自分の手元に持てる「顧客リスト」という集客資産です。国内外のデータを並べると、この資産を持つ店と持たない店の間に、静かな差が積み上がっていくことが見えてきます。
広告費は、支払いをやめた瞬間に効果が止まる「フロー(流れ)」の費用です。掲載期間が終われば、露出はゼロに戻ります。一方、LINEの友だち・会員・メルマガ読者といった顧客リストは「ストック(蓄積)」で、一度つながれば、追加費用をほとんどかけずに何度でも案内を届けられます。前提となる経済性も知られています。米Bain & Companyのフレデリック・ライクヘルド氏の研究として、Harvard Business Reviewは「新規顧客の獲得コストは既存顧客維持の5〜25倍」「顧客維持率を5%高めると利益は25〜95%増える」と紹介しています(海外・参考)。新規は高く、再来は安い——だからこそ、広告で出会ったお客様を「連絡の取れるお客様」に変えられるかどうかで、同じ広告費の回収効率が変わります。
ここで言う顧客リストとは、住所録に限りません。お店側から直接、確実に案内を届けられる接点——LINE公式アカウントの友だち、ポイント会員・アプリ会員の登録情報、メルマガの購読者——の総称です。届く相手は「すでに一度、自店を選んだ人」。不特定多数に届けて反応を待つ広告と違い、来る見込みが最も高い層へ届きます。この確実さが、リストが「資産」と呼ばれる理由です。
リストの入口になるのが、ポイントや会員の仕組みです。野村総合研究所(NRI)が2025年6月に公表した「決済・ポイント実態調査」によると、各種店舗・サービスの利用者の20〜38%が「周囲にポイントがたまる店舗・サービスがあれば切り替える」と回答しました。スーパーマーケットでは38%、ドラッグストアで32%、飲食店でも25%。同調査は「過半数の人がポイントを積極的に利用し、店舗・商品選択時にも影響を受けている」とまとめています。裏返せば、会員の仕組みを持たない店は、利用者の4人に1人〜3人に1人にとって「乗り換えてもよい店」の側に置かれている、という構図です。
「周囲にポイントがたまる店・サービスがあれば切り替える」と答えた利用者(業種別)
出典:野村総合研究所「決済・ポイント実態調査」(2025/6・第394回NRIメディアフォーラム資料) nri.com
会員化の価値は、割引そのものではありません。登録された瞬間に、お店はお客様に直接連絡できる手段を手に入れます。ポイントが「また来る理由」をつくり、登録情報が「また呼べる手段」になる。値引きの道具としてではなく、リストづくりの装置として設計できるかどうかが分かれ目です。
つながった後の案内は、どれほど効くのか。受け手側の調査データが揃っています。まずLINE。LINEヤフー for Businessの公式サイトは、「よく行くお店のアカウントがあったら、友だち追加・フォローしたいサービス」の1位がLINEで57.8%だったという調査結果を掲載しています(LINEリサーチ・2022年7月/2026-06-13閲覧)。よく行く店と「つながってもよい」と考えるお客様の受け皿は、すでにスマートフォンの中にあります。
57.8%
「よく行くお店のアカウントがあったら、友だち追加・フォローしたいサービス」の1位はLINE(57.8%)
出典:LINEヤフー for Business公式サイト(LINEリサーチ・2022年7月/2026-06-13閲覧)lycbiz.com
実態も追いついています。クウゼンの調査(2022年・n=1,201)では、61.9%が1社以上の企業・店舗のLINE公式アカウントを友だち追加済み。追加する理由は「クーポンがもらえる」が70.4%で突出した1位、「サービス利用に必須なため」35.1%、「コンテンツに興味がある」33.2%が続きます。登録のきっかけとして、特典がはっきり機能しています。
メルマガも現役です。ベンチマークジャパンの「メールマガジン購読状況調査 2026年度版」(n=600)では、65.5%がメルマガを購読しており、メルマガ・LINE・SNSのいずれのチャネルでも約8〜9割が「商品の購入やお店の予約のきっかけになる」と回答。購読者が期待する内容の1位も「セール、クーポンなどお得な情報」(56.0%)でした。
紙のリストも同様です。日本ダイレクトメール協会の「DMメディア実態調査2023」によると、本人宛てのDMは75.1%が読まれ、受け取った人の19.7%が行動(ネットで調べた・店に出かけた・購入・利用したなど)を起こしています。チャネルが何であれ、「自分宛て」の案内は読まれ、一定の割合で行動につながる——これが顧客リストの実力です。
本人宛てDM(自店の顧客リスト宛ての郵送案内)への反応(2023年・本人宛DM数ベース)
出典:日本ダイレクトメール協会「DMメディア実態調査2023」(総務省審議会提出資料「DMメディアの現状」2024/9より) soumu.go.jp
ただし、リストは集めるだけでは資産になりません。同じクウゼンの調査では、59.4%が企業のLINE公式アカウントをブロックした経験があり、理由の上位は「メッセージが頻繁に届く」(62.7%)と「不要な情報ばかり届く」(61.8%)。メルマガでも、配信停止の理由1位は「配信数が多すぎる」(38.8%・ベンチマークジャパン調査)でした。連絡先は「いつでも送ってよい権利」ではなく、お客様からの預かりものです。頻度と内容の設計を外すと、リストは静かに目減りします。
59.4%
企業のLINE公式アカウントを「ブロックした経験がある」人の割合(理由の上位は「頻繁に届く」62.7%・「不要な情報ばかり」61.8%)
出典:クウゼン「企業LINE公式アカウントに関する調査」(2022/6・n=1,201・PR TIMES)prtimes.jp
実務の順序は、次の4つに整理できます。①入口を1つ決める——LINE友だち・会員(ポイント)・メルマガのうち、自店の客層が受け取りやすいものから1つ。最初から全部はやりません。②登録する理由を用意する——初回特典やクーポン。追加理由の1位が「クーポン」である事実に素直に乗ります。③「役に立つ×ほどほど」で送る——セールや空き状況など受け手の得になる内容を、頻度を決めて送る。ブロック理由の上位2つ(頻繁・不要)を避ける設計です。④広告とリストで分業する——広告は「新規の入口」、リストは「再来店の装置」。広告で来た初回のお客様を、会計時・予約時に必ずリスト登録へつなぐ。ここがつながると、広告費は「1回の来店」ではなく「継続的な関係」を買う費用に変わります。
広告は、やめれば止まる「流れ」。顧客リストは、店に残り続ける「資産」。新規の入口で連絡先とつながり、適切な頻度で呼び戻す——この循環を持つ店は、広告だけに頼らずに再来店をつくれます。